少年の力
著者:新夜シキ


「そうか。ミノタウロスのォ」

 話を聞き終わったお義父さんが唸った。

「恐らくバラモスは、オルテガが城に近づいている事を知っていたのじゃろう。だから参謀の一人であるミノタウロスをわざわざガイア火山にまで派遣した。あそこでなら、空を飛べるミノタウロスに地の利が出来るからの」

 なるほど、そう言う事か。何故ミノタウロスがちょうどいいタイミングでガイア火山に現れたのか不思議だったのだが。さすがは元勇者という所か。

「そうか………。オルテガがのォ………。せめてあと20歳若ければ、ワシが弔い合戦に行ったものを……。ワシのような老いぼれでは、返り討ちに遭うのが関の山じゃわい」

 お義父さんは悔しそうに表情を歪める。

「そうなると…、アレルが可哀想じゃのう。あの幼さで、本当に片親になってしまった」

 私は無言だった。あの子の事を考えたら、本気で再婚を考えた方がいいのかもしれない。私が今からオルテガ以外の人を好きになれるとは到底思えないけど。
 誰よりもアレルを可愛がっているお義父さんも恐らく反対はしないだろうし、アレルも人見知りする性格ではないから、新しいお父さんが出来てもすぐに懐いてくれるだろう。……でもそれって、そう言う問題だろうか?



 無言で二人、ウィスキーを酌み交わしながら、そんな事を考えていた、その刹那――――



「きゃあぁぁーーーー!!誰かぁぁーーーーーーー!!」



 唐突に家の外で叫び声のようなものが上がった。私とお義父さんは目を合わせる。…この声、まさかルイーダ…?

「何かあったな」

 言うが早く、お義父さんは風の様に玄関を飛び出して行く。その素早さたるや、老人のものとは思えない。
 半歩遅れて、私も戸外へと飛び出した。



 外に出てまず飛び込んできた映像は、何故か目を輝かせているルイーダ、倒れた兵士、地面で息も絶え絶えとなった人面蝶が三匹(うち一匹は黒焦げ)、そして……倒れた兵士にホイミらしき呪文を掛けているアレルの姿だった。

「一体、何があったの?ルイーダ」

「凄い!凄いよマリア!やっぱりアレルはオルテガの息子なのよ!」

 ルイーダは何事か興奮しきりで、イマイチ要領を得ない。

「お、落ち着いてよ…。何があったのか、最初からキチンと説明して」

「ワシも聞きたい。アレルがどうしたって?」

 私はルイーダを宥め、説明を促した。人面蝶の始末を終えたお義父さんも隣に並ぶ。ルイーダは興奮した口調そのままに、今の出来事を話し始めた―――――





 パーティがポツポツとお開きになりかけた頃、あたしとアレルは『じぶんもアレルをおくる』と言って憚らないリザをどうにかやり込めて、店を出たの。
 で、店から一直線にマリアの家に向かおうとしていたその途中、ちょうど街の入り口に差し掛かった時、事は起きたわ。
 街の入り口を警備していた兵士が、三匹の人面蝶に襲われて、倒れてしまったの。それを見たあたしは悲鳴を上げたわ。
 その瞬間、あたしの隣にいたアレルが、落ちていた棒きれを拾い上げて三匹の人面蝶のうち二匹を瞬く間に叩き落としてしまったの!そして、あたしに襲い掛かろうとしたもう一匹をメラの呪文で焼き払ったのよ!
 その間10秒にも満たないくらいかな。文字通り、あっと言う間だった。あたしはそこにオルテガがいるのかと勘違いしてしまう程。
 やっぱりアレルはオルテガの息子で、将来は世界を救う勇者になるのよ!





 そこまで聞いて、私とお義父さんは絶句してアレルを眺めた。当のアレルはまだ兵士にホイミを掛け続けている。

「この場にリザがいなくてホント良かったわ。あの子がこんなにカッコいいアレルの姿を見ていたら、どんな暴走をしでかしてたか分からなかったもん」

 …………まあそれはいいとして。
 アレルがそんなに強いなんて知らなかった。それはお義父さんも同じだったようで、私同様驚嘆の色を隠せないでいる。
 剣術はともかく、メラとホイミが使えるなんて…。あの子は今日6歳になったばかりなのよ?アカデミーに通っている生徒でも、初級呪文を習得するのにどんなに早くても10歳くらいが一般レベル。それを6歳でなんて…。しかも攻撃呪文と回復呪文の両方?普通じゃ考えられない。でもルイーダが嘘を言っているようには見えないし、そもそもルイーダが嘘を吐く理由が無いし、そして何より、現にアレルは今、倒れた兵士にホイミを掛けている。

 ああ、後から聞いた話だけど、この兵士はジェームスだったらしい。何でもアッサラームで詐欺に遭い、鎧の大半を剥がされて戻ってきたのでその罰として街の入り口の警備を一人でやらされていたんだそうだ。道理でお城で会った時、やたらと軽装だなぁと思ってたのよね。
 長旅で疲れきっていたジェームスに対し、その麟粉には幻覚症状を引き起こす成分を持つ人面蝶の群れとなれば、この結果は必然だろう。何でも、意識が朦朧としている所に人面蝶の頭突きを喰らって失神したらしい。でもまあ、大事に至らなくて良かったんじゃないかな。追加の懲罰は免れないだろうけど。

 騒ぎを聞きつけた街人達が集まってきてしまった。私とお義父さんはルイーダと別れ、ジェームスを他の兵士に預けて、アレルを連れて家へと戻った―――――



――――あとがき

 アレルくんの天才ぶりが明らかとなる第4話をお送りしております。実は以前書いた部分はこの回の途中で止まっていたのです。境目はマリアが再婚について考えているあたりでしょうか。つまりこれより前はHMより前に書いていたものに加筆修正を加えたもの、これより後は新しく書き下ろしたものとなります。って、あんまり関係ないですね。
『6 years after』もいよいよ佳境に入りました。皆様に楽しんで貰っている事を祈りつつ。



――――管理人からのコメント

 アレルがすごいです。天才です。すかっとするくらいの天才っぷりです。
 本編のほうではそこまで天才な感じがないので、これでいいのか、という感じです。苦悩してみたり、すぐピンチになったり……。

 さて、サブタイトルのほうですが、今回は『スパイラル〜推理の絆〜』(スクウェア・エニックス刊)の第十一話から。シンプルですが、わかりやすいタイトルでしょう?
 それでは。



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